【代数的トポロジー】柔らかくない?トポロジー(前編)「奇数次元球面の有理ホモトピー群」
(代数的)トポロジーでよく出てくる話と言えば「コーヒーカップとドーナツは"同じ"」ですね。
厳密に言えば、連続的に変形すれば互いに一致する"ホモトピー同値"という概念について言い表したものですが、この話が独り歩きして「トポロジーは図形を"柔らかく"捉える」というイメージが根付いているように思われます。
そこで今回は柔らかいだけではない代数的トポロジーの紹介として、有理ホモトピー論(rational homotopy theory)の一部を見ていただこうと思います。
なお、本記事は日曜数学 Advent Calendar 2021 の19日目の記事になります。
様々な方が書かれたバラエティーに富んだ記事が多数ありますのでぜひこちらもご覧ください。
前提知識・参考文献
【本記事の前提知識】(雰囲気だけなら、なくても大丈夫です。)
・集合と位相(連続写像やコンパクトの意味や周辺知識を知っているくらいでも。)
・代数的トポロジー(ホモトピー同値やホモトピー群の定義をなんとなく知っているくらいでも。)
【参考文献】
[FHT01] Y. F´elix, S. Halpherin, J.-C. Thomas, Rational homotopy theory, Graduate Texts in
Mathematics, 205. Springer-Verlag New York, 2001.
[Nak]中岡稔. 位相幾何学 — ホモロジー論 —. Vol. 15. 共立講座現代の数学. 東京: 共立出版, 1970.
球面のホモトピー群
ホモトピー群は「球面からの連続写像*1のホモトピー類」がなす群によって定義されます。
定義がシンプルな反面、計算が難しいことで知られています。*2
たとえば球面のホモトピー群でさえ複雑な結果になります。(完全に計算し尽くされたわけではありません)
完全な結果を得る方法はありませんが、ホモトピー群の部分的な情報を取り出す方法があります。それが「有理ホモトピー」になります。
有理ホモトピー
有理ホモトピー群の定義は種々ありますが、本記事で の有理ホモトピー群とは とします。すなわち、ホモトピー群のある種の局所化を与えているものと言えます。
実際、先のWikipediaを見て分かるように球面のホモトピー群には など torsion(ねじれ) が多く現れますが、有理ホモトピー群ではそれらをキャンセルすることになります。
つまり有理ホモトピー群を計算することで「捩れていない部分の挙動」だけを取り出して観察することができます。
さて、ここで有理ホモトピーの基本となる定義と定理を紹介します。
(証明には simplicial set や圏論的な議論など様々な準備が必要となるので、割愛します。参考文献の[FHT]を参照してください。)
定義1(Sullivan algebra)
を有理数体とする。
次数付き 上ベクトル空間 (ただし ) により生成される次数付き自由可換 代数 を考える。*3
(可換であるとは、 ただし はそれぞれ の次数、が成り立つことを意味する。 )
外微分 により が次数付き微分代数になり、以下の条件(*)を満たすとき、 を Sullivan algebra という。
(*) ある次数付き部分ベクトル空間の増加フィルター列 , が存在して、
において で
()
が成り立つ。
さらに、Sullivan algebra について が成り立つとき、 は minimal Sullivan algebra であるという。
定理2(minimal Sullivan model)
を有理数体とする。
が単連結で、その特異コホモロジー が finite type であるとする。
このとき次数付き環の同型 が成り立つ minimal Sullivan algebra が存在する。*4
この を の minimal Sullivan model という。
色々とかいつまんでいるので唐突な定義・定理ですが、やや圏論的なことを言えば、
「空間におけるCW近似」と「次数付き微分代数におけるSullivan model」は対応しており、それをつなぐものが定理2である、というイメージになります。
CW複体と同じく、Sullivan model 特に minimal Sullivan model は様々な計算上のメリットがあります。
たとえば定義1から Sullivan model の構造はスペクトル系列と非常に似ていることが分かります。
さて、今回は定理2に加え、幾何実現などさらに圏論的な議論を要する定理3を認めます。
こちらも参考文献[FHT]に詳細な証明がありますのでぜひご覧ください。
定理3
さて、ここまでの準備をもとにいよいよ球面の有理ホモトピー群を求めようと思います。
奇数次元球面の有理ホモトピー群の計算
まず奇数次元球面の minimal Sullivan model を構成します。
次元球面 の特異コホモロジーは
です。
(切除対に対してMayer-Vietoris完全列を用いる等、基本的な道具を使って証明できます。たとえば参考文献[Nak]を参照してください。)
さて、このことと定理2を用いると、以下の結果が得られます。
定理4(奇数次元球面の minimal Sullivan model)
を正の奇数とする。
このとき の minimal Sullivan model は
, で与えられる。
(証明の概要)
が Sullivan algebra であることは自明です。
の次数 より次数付き環における可換性により
が成り立ちます。
したがって です。
すなわち次数付き環 は により生成されます。
よって の特異コホモロジーと完全に等しい構造を持ちます。
また、 であるため は minimal です。
(終わり)
さて、定理3,定理4により有理ホモトピー群が計算できます。
定理5(奇数次元空面の有理ホモトピー群)
を正の整数とする。
つまり、 次ホモトピー群以外の次数のホモトピー群は torsion 部分しかないということが分かりました。
まとめ(トポロジーは柔らかい?)
今回は"奇数"次元の球面の minimal Sullivan model に注目しましたが、「 の次数が奇数であること」が活きて Sullivan algebra の構造を計算することができました。
余分な情報をそぎ落として代数的構造にだけ注目する方法で、「柔らかい」「連続的変形」といったイメージとはかけ離れたものになっているのではないでしょうか。
さて、偶数次元球面の有理ホモトピー群に関しては、Sullivan model が少々異なります。(スペクトル系列の類似の考え方が必要になります。)
これに関しては後日書かせていただこうと思います。
それでは最後までお読みいただきありがとうございました。
また次回もよろしくお願いします。