とぽろじい ~大人の数学自由研究~

高校数学から分かる新しい数学、大学で学ぶ数学を少しずつまとめていくブログです。ゆくゆくは本にまとめたいと思っています。

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【代数的トポロジー】LSカテゴリーの紹介2「cup lengthとトーラス」

前回定義したLSカテゴリーは、トーラスのような素朴な空間であっても、直接計算が難しいことが分かりました。

今回はLSカテゴリーの計算の道具として cup length を導入し、LSカテゴリーを「下から評価」します。

 

 

前提知識・参考文献と前回の振り返り(LSカテゴリーの定義) 

【本シリーズのレベル】

大学数学

 

【本シリーズに対する予備知識】(随時更新予定)

集合と位相(連続写像やコンパクトの意味や周辺知識を知っているくらいでも。)

代数的トポロジー(ホモトピー同値をなんとなく知っているくらいでも。)

  

【参考文献】(随時追加予定)

[CLOT] O. Cornea, G. Lupton, J. Oprea, and D. Tanr´e, Lusternik-Schnirelmann category,
vol. 103 of Mathematical Surveys and Monographs. American Mathematical Society, Providence, RI, 2003.

 

【前回の記事】

math-topology.hatenablog.com

 

前回の記事で紹介した定義を再掲します。

 

定義1.1(LSカテゴリー)

位相空間  X について、 X の有限開被覆  U_{i} ( i=0,1,…,n) で、各  i に対して  U_{i} X において可縮、すなわち包含写像  U_{i} \hookrightarrow X が null-homotopic (定値写像とホモトピック) であるとき、

 \textrm{cat}(X)\le n と定義する。

特に、このような整数  n で最小であるものを  n_{0} として

 \textrm{cat}(X)=n_{0}

と書く。

(ただし、 \textrm{cat}(X) はのとりうる値は0以上の整数もしくは \infty *1として定めます。)

 

下からの評価「cup length」と1次元トーラスのLSカテゴリー

前回求めずに終わったトーラスのLSカテゴリーを計算するために以下の道具を用意します。

 

定義2.1(cup length)

位相空間  X単位元をもつ可換環 R について定まる R 係数の特異単体複体の簡約コホモロジー  \tilde{H}^{*}(X;R) が自明でないとし、そのカップ積(cup product) \cup に関して cup length  \textrm{cup}(X;R) を以下のように定義する。

 

ある自然数 n について、ある \alpha_{i}\in {H}^{+}(X;R)  (i=1,2,\dots , n) が存在して \alpha_{1}\cup\alpha_{2}\cup\cdots\cup\alpha_{n}\ne 0 を満たすとする。

このような n の最大値が存在するとき、その値を  \textrm{cup}(X;R) と書く。

最大値が存在しない場合、 \textrm{cup}(X;R)=\infty とし、

\tilde{H}^{*}(X;R)=0 のときは  \textrm{cup}(X;R)=0 とする。

 

この cup length は明らかにホモトピー不変量になります。

一見するとLSカテゴリーと無関係な量に見えますが、以下の関係が成り立ちます。

 

定理2.2(cup lengthとLSカテゴリーの関係)

X を弧状連結な CW複体とする*2

このとき単位元をもつ任意の可換環 R について以下の不等式が成立する。

  \textrm{cup}(X;R)\le  \textrm{cat}(X) 

 

定理2.2の証明の概略は後述しますが、まずは2次元トーラス  T=S^{1}\times S^{1} に定理2.2を適用してみようとおもいます。

 

2次元トーラスの \mathbb{Z} 係数コホモロジーH^{*}(T;\mathbb{Z})\cong H^{*}(S^{1};\mathbb{Z})\otimes H^{*}(S^{1};\mathbb{Z}) となります。

ところで球面のコホモロジーは以下のようになります。

H^{i}(S^{1};\mathbb{Z})=\begin{cases}\mathbb{Z} \,\,\, (i=0,1) \\0 \,\,\, (otherwise)\end{cases}

そのため球面のコホモロジーの生成元 \alpha, \beta\in H^{1}(S^{1};\mathbb{Z}) が誘導する \tilde{\alpha}=\alpha\otimes 1 , \tilde{\beta}=1\otimes \beta\in H^{1}(T;\mathbb{Z}) を2次元トーラスの生成元としてとることができます。

そして \tilde{\alpha} \cup \tilde{\beta}\in H^{2}(T;\mathbb{Z})カップ積の定義*3から明らかに 0 ではありません。

したがって \textrm{cup}(T;\mathbb{Z})\ge 2 を得ます。

特に \textrm{cat}(T)\ge 2 となります。

一方、前記事で具体的に構成した開被覆により \textrm{cat}(T)\le 2 は既に分かっています。

 以上により次のことが分かります。

 

系2.3(2次元トーラスのLSカテゴリー)

  \textrm{cat}(T)=2 

 

このようにLSカテゴリーの計算は開被覆を構成する「上からの評価」だけでは不十分で「下からの評価」により確定させることがほとんどになります。

そしてこの「下からの評価」が難しいと言われています。

 

定理2.2の証明のスケッチ

さて、最後に定理の証明の概略を紹介します。

厳密な証明は参考文献[CLOT]等をご参照ください。

 

Whiteheadカテゴリーの導入

まず準備としては大がかりかもしれませんが、LSカテゴリーと同値なもの、つまり別定義を導入します。

「それなら、そっちで直接的に計算すればよいのでは?」と思う方もいるかもしれませんが、今から導入するものも直接計算は難しく、あくまで「下からの評価を"作る"」ための道具にします。

 

定義2.4(Whiteheadカテゴリー)

CW複体 X とその0-cellのひとつ \bar{x}) について fat wedge T^{m}(X)=\left\{ (x_{1},x_{2},\dots ,x_{m})\in X^{m} | あるiが存在して x_{i}=\bar{x} \right\} で定義する(X^{m}Xm 個の直積)。

このとき  \textrm{Whcat}(X)=\inf\left\{ m | 対角写像\Delta_{m+1}:(X,\bar{x})\longrightarrow (X^{m+1}, T^{m+1}X)がcompressible \right\} で定義される値を X のWhiteheadカテゴリーと呼ぶ。

ただし、対角写像 \Delta_{m+1}:(X,\bar{x})\longrightarrow (X^{m+1}, T^{m+1}X)がcompressible とは、包含写像  i:(T^{m+1}X, T^{m+1}X)\longrightarrow (X^{m+1}, T^{m+1}X) について \Delta_{m+1}\simeq i\circ p (rel \bar{x}) となる p が存在することをいう。

 

簡単に言えば「homotopy レベルで fat wedge に押し込まれるような対角写像になるのは何個以上の直積の場合か」を表す量とも言えます。

なお少し手間がかかりますが、Whiteheadカテゴリーは0-cellの取り方によらないことがわかります*4

 

また、以下のことは簡単に証明できます。

 

補題2.5(Whiteheadカテゴリーのホモトピー不変性)

CW複体 X,Y について、f :X\longrightarrow Y が right homotopy inverse をもつとき \textrm{Whcat}(X)\ge \textrm{Whcat}(Y) が成り立つ。

特に X\simeq Y ならば \textrm{Whcat}(X)= \textrm{Whcat}(Y) が成り立つ。

 

WhiteheadカテゴリーとLSカテゴリー

さて、WhiteheadカテゴリーがLSカテゴリーと一致するか確認します。

※詳細な議論は省略します。

弧状連結なCW複体 X について、X の 0-cell の一つを \bar{x} とします。

 

\textrm{Whcat}(X)\le m と仮定します。

(X,\bar{x})NDR対(Neighborhood Deformation Retract Pair)になっています。

そのため、連続写像  h: X \times \left[0, 1\right] \rightarrow X が存在し、任意の  t \in \left[0, 1\right] に対して、 h(\bar{x}, t) = \bar{x}が成り立ちます。

また、\bar{x} を含む  X の開集合  U が存在し、つまり、任意の  (x, t) \in U \times \left[0, 1\right] に対して  h(x, 1)=\bar{x} が成り立ちます。

特に U\bar{x} を含む X の可縮な開集合となります。

一方、\textrm{Whcat}(X)\le m の仮定により \Delta_{m+1}:X \longrightarrow X^{m+1}f: X\longrightarrow T^{m+1}X を通過するとし、

合成写像 f_{i}: X\longrightarrow T^{m+1} X\longrightarrow X  を f_{i}=p_{i}\circ f (p_{i} は第 i 射影) で定めます。

すると \displaystyle :T^{m+1} X=\bigcup_{i=1}^{m+1} p_{i}^{-1}(\bar{x}) であることからすぐに U_{i}=f_{i}^{-1}(U) (i=1,2,\dots,m+1)が X の可縮な開被覆を与えることが分かります。

したがって \textrm{cat}(X)\le m となります。

 

次に \textrm{cat}(X)\le m と仮定します。

可縮な開被覆 \displaystyle X=\bigcup_{i=1}^{m+1}U_{i} を与えます。

すると各 i について null homotopy H_{i}:U_{i} \times \left[0,1\right]  \longrightarrow X (U_{i}\bar{x} が含まれる際は \bar{x} をとめたホモトピー) が取れます。

X は特に正規空間ですから Uryson の補題を適用することで

H_{i}K_{i}: X\times \left[0,1\right] \longrightarrow X にのばし、K=(K_{1},K_{2},\dots , K_{m+1})K(-,0)=\Delta_{m+1} , K(-,1)\in T^{m+1} X , K(\bar{x},-)=\bar{x}(const.) となるようにできます。

つまり \textrm{Whcat}(X)\le m となります。

 

以上により次が言えます。

命題2.6(WhiteheadカテゴリーとLSカテゴリー)

弧状連結なCW複体 X について以下の等式が成り立つ。

\textrm{Whcat}(X)=\textrm{cat}(X)

 

証明の帰結

さていよいよ定理2.2の証明を行います。

今導入したWhiteheadカテゴリーは対角写像に由来するものですが、cup length もまた対角写像に由来するカップ積で定義されます。

このことを活用しましょう。

 

\textrm{Whcat}(X)\lt n と仮定します。

このとき \Delta_{n}=i\circ f

i : (T^{n} X,T^{n} X) \longrightarrow (X^{n},T^{n} X) は包含写像f: (X,\bar{x}) \longrightarrow (T^{n} X,T^{n} X) と書けます。 

任意の u_{1},u_{2},\dots , u_{n}\in H^{+}(X;R) についてカップ積の定義から

 u_{1}\cup u_{2} \cup \cdots \cup u_{n}

 = \Delta_{n}^{*}(u_{1}\times u_{1}\times u_{2} \times \cdots \times u_{n})

 = f^{*}i^{*}(u_{1}\times u_{1}\times u_{2} \times \cdots \times u_{n})

 =f^{*}(0)

 =0

となります。

(\times はクロス積です。 i^{*}(u_{1}\times u_{1}\times u_{2} \times \cdots \times u_{n})\in H^{+}(T^{n} X,T^{n} X)=0 を用いています。)

したがって \textrm{cup}(X)\lt n が言えます。

以上により \textrm{cup}(X)\le \textrm{Whcat}(X)=\textrm{cat}(X) を得ます。

 

まとめ

前回は「直接」可縮な開被覆を構成しましたが、今回はLSカテゴリーを cup length により「下から評価」しました。これによりトーラスのLSカテゴリーの計算が完成しました。

また、副産物としてLSカテゴリーと同値な量としてWhiteheadカテゴリーが登場しました。次回、このWhiteheadカテゴリーから得られる新たな道具を使って様々な空間のLSカテゴリーを計算する予定です。

 

それでは最後までお読みいただきありがとうございました。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

 

*1:有限個の可縮な開被覆では覆えない場合

*2:この条件は弱めることも可能ですが、簡単のためCW複体としています

*3:対角写像から誘導されます

*4:\bar{x}\longrightarrow X がcofibrationであることが働きます