(代数的)トポロジーでよく出てくる話と言えば「コーヒーカップとドーナツは"同じ"」ですね。
厳密に言えば、連続的に変形すれば互いに一致する"ホモトピー同値"という概念について言い表したものですが、この話が独り歩きして「トポロジーは図形を"柔らかく"捉える」というイメージが根付いているように思われます。
そこで今回は柔らかいだけではない代数的トポロジーの紹介として、有理ホモトピー論(rational homotopy theory)の一部を見ていただこうと思います。
なお、本記事は以下の記事の続編(発展編)にあたります。
まずはこちらをご覧いただければ幸いです。
前提知識・参考文献
【本記事の前提知識】(雰囲気だけなら、なくても大丈夫です。)
・集合と位相(連続写像やコンパクトの意味や周辺知識を知っているくらいでも。)
・代数的トポロジー(ホモトピー同値やホモトピー群の定義をなんとなく知っているくらいでも。)
【参考文献】
[FHT01] Y. F´elix, S. Halpherin, J.-C. Thomas, Rational homotopy theory, Graduate Texts in
Mathematics, 205. Springer-Verlag New York, 2001.
[Nak]中岡稔. 位相幾何学 — ホモロジー論 —. Vol. 15. 共立講座現代の数学. 東京: 共立出版, 1970.
前回の振り返り
有理ホモトピー群を考えるために代数的な道具として「Sullivan algebra」、「Sullivan model」を用意しました。また、定理3により有理ホモトピーがこれらの道具を使って計算できることを示唆しました。
定義1(Sullivan algebra)
を有理数体とする。
次数付き 上ベクトル空間 (ただし ) により生成される次数付き自由可換 代数 を考える。*1
(可換であるとは、 ただし はそれぞれ の次数、が成り立つことを意味する。 )
外微分 により が次数付き微分代数になり、以下の条件(*)を満たすとき、 を Sullivan algebra という。
(*) ある次数付き部分ベクトル空間の増加フィルター列 , が存在して、
において で
()
が成り立つ。
さらに、Sullivan algebra について が成り立つとき、 は minimal Sullivan algebra であるという。
定理2(minimal Sullivan model)
を有理数体とする。
が単連結で、その特異コホモロジー が finite type であるとする。
このとき次数付き環の同型 が成り立つ minimal Sullivan algebra が存在する。*2
この を の minimal Sullivan model という。
定理3
偶数次元球面の有理ホモトピー群の計算
さて、今回は偶数次元球面の有理ホモトピー群を求めようと思います。
前回の奇数次元の(証明の概要)では次数つき環の可換性が「奇数次数」の場合にうまく働いてくれていました。しかし、偶数次元の場合はその「うまい働き」がなくなるのでもう一段階奥まで考える必要があります。
前回同様、偶数次元球面の minimal Sullivan model を構成します。
次元球面 の特異コホモロジーは
であることに変わりありません。
しかし、 が正の偶数なら , で与えた Sullivan algebra は が生き残ってしまいます。
このように"とびとび"に基底が現れる状態ではとても の Sullivan model になっているとは言えません。
そこで、 を「消す」ための元を持ってくることで解決します。
定理4'(偶数次元球面の minimal Sullivan model)
を正の偶数とする。
このとき の minimal Sullivan model は
, , , , で与えられる。
(証明の概要)
が minimal Sullivan algebra であることは自明です。
やや雑な説明になりますが、 と の特異コホモロジーの次数 の生成元の代表元の1つ を対応させます。
の特異コホモロジーは次数が より大きいところ、特に次数 では自明ですから、 となる が存在します。
この を1つ固定させ、 と対応させます。
この対応を とし、これが minimal Sullivan model を与えることを調べます。
について、定義から となります。
さらに ( はサイクルではない)ですから は により生成されます。
よって が minimal Sullivan model を与えます。
(終わり)
さて、定理3,定理4'により有理ホモトピー群が計算できます。
定理5'(偶数次元空面の有理ホモトピー群)
を正の整数とする。
つまり、偶数次元の場合は 次ホモトピー群に加えて、 次ホモトピー群も生き残ることになります。
まとめ
奇数次元と偶数次元の球面で有理ホモトピー群の結果に違いがありました。しかし、結果にいたるまでの過程は「代数的に自然な流れ」をとっており、言うなれば「次数つき代数の可換性」により支配されたような結果となっています。
そのため今回の考え方は偶数次元球面に限らず、射影空間など様々な空間に応用が可能です。(それほど有理ホモトピーは計算しやすいということです。)
機会があれば他の例も紹介したいと考えています。
また、有理ホモトピー群はホモトピー群の torsion free part を取り出したものと考えられます。そのため 次元球面のホモトピー群は「 が奇数の場合は 次のみ torison free partが生き残り、 が偶数の場合は 次と 次のみ torsion free part が生き残る」ことが分かります。
このように有理ホモトピー群は一般のホモトピー群の部分的な情報を抽出していることが分かるためホモトピー群の研究にもつながっています。
それでは最後までお読みいただきありがとうございました。
また次回もよろしくお願いします。