とぽろじい ~大人の数学自由研究~

高校数学から分かる新しい数学、大学で学ぶ数学を少しずつまとめていくブログです。ゆくゆくは本にまとめたいと思っています。

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【数学の思考法】第1回:願望【コラム】

中高生の皆さんも大学生の皆さんもそうじゃない皆さんにも明日使える数学の話です。

大学入試問題を解くとき、専門的な数学の課題を解決するときに、横断的に使える「数学の思考法」を紹介する新シリーズです!

第1回は「願望」です。

早速、大学入試レベルの数学からスタートです。

 

 

問題:部分分数分解と数列の和(大学入試数学から)

 

問題

 n を正の整数とする。次の数列の和を求めよ。

\displaystyle \sum_{k=1}^{n}\frac{1}{(k+1)(k+2)(k+3)(k+5)}

 

さて、上記の問題を解く糸口として「もし、こんな式の形だったらよかったのにな…」というある"願望"を持つことが考えられます。

その願望とは「分母に k+4 もあればよかったのに…」です。

 

願望を持った後は、この願望が叶ったとして問題を見直します。

 \displaystyle \sum_{k=1}^{n}\frac{1}{(k+1)(k+2)(k+3)(k+4)(k+5)}

\displaystyle =\frac{1}{4}\sum_{k=1}^{n}\left\{ \frac{1}{(k+1)(k+2)(k+3)(k+4)}-\frac{1}{(k+2)(k+3)(k+4)(k+5)} \right\}

\displaystyle =\frac{1}{4} \left\{ \frac{1}{2\cdot 3\cdot 4\cdot 5} - \frac{1}{(n+2)(n+3)(n+4)(n+5)} \right\}

 

このように素早く部分分数分解を行い、和を考える数列を「ある数列の階差数列の形」にもってくることで、簡単に和が求められます。

 

なお、この数列の和に関するトピックは以下のシリーズで深堀りしていますので、興味がある方は是非ご覧ください。

 

math-topology.hatenablog.com

 

しかし、ここまでの話はあくまで願望です。元の問題とは異なります。

とは言っても、せっかくの願望の形は無駄にはしたくありません。

願望を活かすためには、現実との帳尻合わせをしなければなりません。

今回は「とりあえず分子分母を k+4 倍して理想の形に近づける」ことから始めます。

 

 \displaystyle \sum_{k=1}^{n}\frac{1}{(k+1)(k+2)(k+3)(k+5)}

\displaystyle =\sum_{k=1}^{n}\frac{k+4}{(k+1)(k+2)(k+3)(k+4)(k+5)}

 

しかし、上の式の形も不十分です。

「分子に、変数 k がなければ…」という願望が生まれます。

そこで再び願望を叶えようとしたうえで帳尻合わせも行います。

 

 \displaystyle \sum_{k=1}^{n}\frac{k+4}{(k+1)(k+2)(k+3)(k+4)(k+5)}

\displaystyle =\sum_{k=1}^{n}\left\{ \frac{k+1}{(k+1)(k+2)(k+3)(k+4)(k+5)}+\frac{3}{(k+1)(k+2)(k+3)(k+4)(k+5)} \right\}

\displaystyle =\sum_{k=1}^{n}\left\{ \frac{1}{(k+2)(k+3)(k+4)(k+5)}+\frac{3}{(k+1)(k+2)(k+3)(k+4)(k+5)} \right\}

 

k+4=(k+1)+3 と分けたのは「分子を定数にする」という願望ありきの変形です。

さて、ここまで来れば、あとは願望通り。

それぞれの和を計算してしまえば完了です。

 

 \displaystyle \sum_{k=1}^{n}\frac{1}{(k+2)(k+3)(k+4)(k+5)}+3\sum_{k=1}^{n}\frac{1}{(k+1)(k+2)(k+3)(k+4)(k+5)}

\displaystyle =\frac{1}{3}\sum_{k=1}^{n}\left\{ \frac{1}{(k+2)(k+3)(k+4)}-\frac{1}{(k+3)(k+4)(k+5)} \right\}

 \displaystyle +\frac{3}{4}\sum_{k=1}^{n}\left\{ \frac{1}{(k+1)(k+2)(k+3)(k+4)}-\frac{1}{(k+2)(k+3)(k+4)(k+5)} \right\}

\displaystyle =\frac{1}{3} \left\{ \frac{1}{3\cdot 4\cdot 5} - \frac{1}{(n+3)(n+4)(n+5)(n+5)} \right\}

 \displaystyle +\frac{3}{4} \left\{ \frac{1}{2\cdot 3\cdot 4\cdot 5} - \frac{1}{(n+2)(n+3)(n+4)(n+5)} \right\}

 

「願望」

整理します。

 

➀ まず「この形なら解決できるなあ…」という願望を持ちます。

数列の和の例では、「分母が連続整数の積」になっていれば…と考えました。

 

② 次に元の形を願望の形に寄せます。

数列の和の例では、分子分母に k+4 をかけることで分母を連続整数の積の形に変えました。

 

③ 最後に帳尻合わせをします。

現実と願望のすり合わせを行います。

数列の和の例では、分母だけでなく分子にも k+4 をかけたこと、分子を k+4=(k+1)+3 と変形したことが相当します。

 

例:CW近似(代数的トポロジーから)

最後に「願望」という思考法は大学入試の数学の問題を解く場面だけでなく、大学の数学科で学ぶような、より専門的な分野で使われていることを紹介しましょう。

代数的トポロジーについての説明は偉大なる先人たちが各所でやっていることなので、ここでは割愛します。

参考資料として以前の記事を掲載します。

math-topology.hatenablog.com

 

さてCW近似についてですが、今回は簡単に概要だけ。

こちらも偉大なる先人の文献を見ていただくことが最も正確かつ安心安全ですので、厳密な定義や条件は割愛します。

参考文献として以下を紹介します。

arxiv.org

※Functorial CW-approximation でググると preprint だけではなく paper も公開されています。

 

ざっくーり言うと、CW近似は「空間 X に対してCW複体からの weak equivalence を作ること」になります。

モチベーションとしては weak equivalence とはいえ、CW複体に"取り替え"ることで、CW複体の様々な性質を一般的な空間*1にも疑似的に適用できることにあります。

 

CW近似の構成には様々ありますが、以下のような方法がよく知られています(ここからさらに超ざっくりになります)。

 

⓪空間 X に対して n-connected な写像n 次元CW複体 Y^{(n)} から X に存在するとする。

 

n-connected を維持しつつ、(n+1)-connected まで発展させられたら良いなあと考える。

↑「願望」を持つ

 

Xn+1 次のホモトピー群の情報を過不足なく含む胞体を Y^{(n)} に貼り合わせることで空間 X に対して (n+1)-connected な写像n 次元CW複体 Y^{(n+1)} から X に構成できる。 

n+2 次元以上がぐちゃぐちゃになることをお構いなしに、願望の形に無理やり寄せている

 

③ ➀②で構成される Y^{(0)}\longrightarrow Y^{(1)}\longrightarrow Y^{(2)}\longrightarrow \cdots \longrightarrow Y^{(n)}\longrightarrow \cdots に対してcolimit をとることで weak equivalence を構成する。

 ↑高次元がぐちゃぐちゃなので、colimitをとることで、帳尻を合わせている

 

ということで"願望ありき"で「胞体を貼り合わせちゃえ!」というような視点に立っています。

最初の数列の例と比べると、ニュアンスに違いがあるかもしれませんが、このように願望をもとに理論を組み立てていくというのは数学の思考法の一つと言えるでしょう。

 

まとめ

今回は「願望」をもって式変形や構成を行うという数学の思考法を紹介しました。

是非問題を解くときや何かを証明するときにご活用ください。

このシリーズでは引き続き、様々な思考法や方法論を紹介する予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

なお、本サイトでは「大学入試レベル+α」や「専門レベル」など様々な記事を公開していますので、ぜひご覧ください。

それでは最後までお読みいただき誠にありがとうございました。

 

参考文献

[Hat02] Allen Hatcher, "Algebraic topology",Cambridge University Press, 2002.

[Hir] Philip S. Hirschhorn. Functorial CW-approximation. arXiv: 1508. 01944.

 

*1:CW近似に必要な条件はあります